大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行コ)73号 判決 1999年8月23日

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

小野晶子

大沼和子

飯田正剛

細谷裕美

清水勉

増田利昭

被控訴人

町田市教育委員会教育長

山田雄三

右訴訟代理人弁護士

石津廣司

右指定代理人

矢内邦夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成三年一二月一二日付でした「甲野花子の死について説明をした後生徒に書かせた作文のうち甲野花子にかかわるもの」の非開示決定処分を取り消す。

3  訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  本件事案の概要

一  総説

本件は、平成三年九月一日に中学二年生の二女を自殺によって失った控訴人が、その死の理由等を知りたいとして、町田市個人情報保護条例に基づいて、同条例上の個人情報の保管、利用等の実施機関である被控訴人に対して、同女の通学していた中学校が同女の死について生徒に書かせた作文の開示を求めたところ、被控訴人からこれを開示しない旨の決定を受けたため、その決定の取消しを求めている事件である。

本件に関し当事者双方の求める裁判、本件事案の概要、争点に関する当事者双方の主張等は、次項のとおり当事者双方の主張を補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第一 当事者の求める裁判」及び「第二 事案の概要」の各項の記載のとおりであるから、これらの記載を引用する。

二  当事者双方の主張の補足

1  控訴人の主張

(一) 本件作文の個人情報該当性について

本件作文は、亡花子の自殺の原因等に関する事実調査文書という趣旨に加えて、亡花子に対する追悼文、亡花子の自殺を契機とした各生徒の他人や自己の生死についての思いの記述文などの趣旨の混在した文書である。いずれにしても、本件作文は、亡花子の自殺というその個人生活に関連して作成されたものであり、また、特定個人としての亡花子が識別され得る形で表現され、あるいは亡花子の自殺を機縁として作成されたものであり、しかも、学校が日常的に生徒に書かせている作文とは異なり、学校側の本件事件に関する事実調査のための情報収集に協力するという趣旨を含めて作成されたものであって、その意味で公的な色彩をも有するものであるから、本件条例にいう個人情報に該当するものというべきである。

(二) 本件作文の非開示情報への該当性について

本件で問題となっているのは、中学校が日常的に生徒に書かせている作文を公開することの一般的な是非という問題ではなく、つくしの中学校の二学年に在籍していた控訴人の子亡花子が自殺した直後に、亡花子の自殺を踏まえて、つくしの中学校が前記のような趣旨で同校の生徒に指示して書かせた作文を、亡花子の父親である控訴人にのみ公開することの是非という、極めて限定された問題なのである。このような観点からすると、本件にあっては、生徒たちの有している情報を控訴人にも開示し、生徒、学校及び亡花子の親である控訴人らが一致協力して本件事件の真相や原因を解明し、不幸な事態の再発を防止することが、何よりも必要とされるのであり、したがって、本件作文を控訴人に開示しないことを正当とする事由は、何ら存しないものというべきである。

また、本件開示請求当時のつくしの中学校及びその教師と生徒たちとの間の信頼関係は、本件事件に関する学校側の誠意を欠く対応によって、既に損なわれるに至っており、本件作文を控訴人に開示することによって実施機関による公正な職務執行が著しく阻害されるという具体的危険性は存在しなかったのである。本件においては、むしろ、被控訴人側において、亡花子について学校で何が起こっていたのかを知りたいとするその遺族(控訴人)の切実な思いに応えて、本件事件に関して被控訴人側で保有している情報を隠さず開示するという誠意ある対応を行うことこそが、学校及び教師と生徒たちとの間の真の信頼関係を回復することにつながるものというべきであり、本件作文を控訴人に開示することこそが、学校の教育的機能の回復につながり、被控訴人の公正な職務執行に沿うこととなるのである。

2  被控訴人の主張

(一) 原告適格について

本件条例は、個人情報に関する本人の権利、利益を保護することを目的とするものであり、死者に関する情報は、そもそも本人がその開示請求権を行使する余地がないのであるから、本件条例による開示請求の対象となる個人情報に含まれないことは明らかである。また、本件では、控訴人は、子である亡花子の個人情報は親である控訴人の個人情報でもあるとして、本件開示請求を行っているが、このような条例の解釈は、子の人格の独立性を無視するものであり、失当である。

(二) 本件作文の非開示情報への該当性について

本件条例における三号情報への該当性の有無の判断については、事柄の性質上、実施機関の裁量(要件裁量)が認められるべきであり、裁判所が実施機関の判断の適否を審査する場合も、裁判所が実施機関と同じ立場に立って判断をやり直すのでなく、実施機関のした判断を前提として、その判断が合理的なものといえるか否かを審理判断すべきである。

ところで、生徒の学習活動として作成される作文にあっては、生徒に率直に自己の思想、心情、感情等を作文中で表現させる必要があり、そのためには、生徒の作文がみだりに公表されないという信頼関係を、学校・教師と生徒との間に形成、維持していくことが必要不可欠である。本件作文は、まさに生徒がその内心にかかわる事項を含む自己の認識、評価、考えを記載した作文であり、したがって、被控訴人がこれを控訴人に開示することになると、生徒にとっては、自己の作成した作文が、一方的に、しかも教育活動とは直接の関係がない目的のために公表されてしまうこととなるのであり、これによって、学校・教師と生徒との間の前記のような学習活動としての作文にかかわる信頼関係が根底から破壊されることとなり、学校の教育活動において重要な機能を果たすべき作文という学習活動の公正な執行が著しく阻害されることとなるのである。

第三  当裁判所の判断

一  本件作文の個人情報該当性について

1 本件作文が本件条例にいう個人情報に該当するか否かの点に関する当裁判所の判断は、次項のとおり付加、訂正を加えるほかは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に関する判断」の「一 個人情報の意義について」の項で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。

2  原判決一二丁裏一〇行目に「対象となる」とあるのを「対象となり得るような性質の」に、同一三丁表四行目の「しかし、」から同九行目の「なるから、」までの部分を「しかし、学校生活の中で生徒の書いた作文であって、特定の対象生徒の学校における学習、活動等に関する情報をその内容に含むものと考えられる本件作文のような文書の記載内容については、そのうち特定の対象生徒の言動等の客観的な報告や評価を内容とする部分は、場合によっては、実施機関が当該対象生徒の学校教育等のために利用、管理する当該対象生徒の個人情報に該当する場合があり得るものと考えられるが、これとは異なり、作文作成者自身の感想、意見等を内容とする部分は、実施機関がこれを当該対象生徒の教育等のための個人情報として利用、管理するということは考え難く、むしろ、作文作成者自身の学校教育等のために利用、管理されるという性質を持つにとどまるものと考えられるから、」に、同裏六行目に「記載事実の主体」とあるのを「記載の対象」に、同八行目の「いうべきものであり、」から同一一行目までの部分を「いうべきものである場合が多いものと考えられる。」にそれぞれ改め、同一四丁表六行目に「検討したものであり、」とあるのに続けて「後記のとおり、本件作文の一部に、亡花子の自殺前の言動や自殺の原因となった事実に関する事実調査の趣旨に対応したものも存することが推認できることからして、」を加える。

二  原告適格(亡花子に関する個人情報の開示を請求する適格)について

本件決定が請求人である控訴人に対してされたものであることについては争いがないから、その意味では、控訴人は本件決定の取消しを求める訴えについて原告適格を有することとなる。

ただ、本件条例によれば、実施機関の管理する個人情報について、当該個人がその開示を求め得るものとされているのであるから(二〇条)、本件において、亡花子の個人情報について、亡花子の父である控訴人にその開示を求め得る適格がないのであれば、結局、控訴人の本件訴えは、その利益を欠くものというべきこととなる。

たしかに、本件条例上は、死者の個人情報についてその遺族等が開示を求めるといった事態を予想した規定は置かれておらず、したがって、死者の個人情報について、一般的にその遺族等がその開示を求め得るものとすることには、疑問があるというべきである。しかし、本件のように、親権者であった者が死亡した未成年の子どもの個人情報の開示を求めているという場合については、社会通念上、この子どもに関する個人情報を請求者自身の個人情報と同視し得るものとする余地もあるものと考えられることに加えて、本件決定さらには不服申立てに対する決定においても、控訴人あるいは市教委が、控訴人が亡花子の個人情報の開示を請求する資格を有することを前提とした処理を行ってきているという経緯があることなどにかんがみ、一応、控訴人に亡花子に関する個人情報の開示を請求する資格が認められるとの前提で、さらに検討をすすめることとする。

三  本件作文の性質とその非開示情報への該当性について

1  当裁判所も、本件作文中の記載に亡花子の個人情報を内容とするものが存在するとした場合においても、それは三号情報に該当すると判断するものであり、その理由は、次項のとおり付加、訂正を加えるほかは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に関する判断」の「三 本件作文の性質」の項で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。

2(一)  原判決一八丁表六行目に「生徒指導」とあるのを「いじめの問題に関する生徒指導」に改める。

(二)  原判決一九丁裏五行目に「秘密の暴露」とあるのを「事実の報告」に、同六行目に「秘密の暴露」とあるのを「右のような事実の報告」にそれぞれ改め、同八行目の「当該情報が」から同九行目の「あるとすれば、」までの部分を削除し、同二〇丁表一一行目に「追悼文として」とあるのを「追悼文として、それが遺族に対して開示されることを予定して」に改め、同裏一行目から同二一丁表三行目までの部分を削除し、同二一丁表七行目に「内密の事実の暴露」とあるのを「知られていない事実の報告」に改める。

(三)  原判決二一丁裏一行目の「はなく、」から七行目までの部分を「はないものと考えられる。もっとも、本件作文の一部が学年通信誌に掲載されたりクラスで朗読されたりした事実があることは前記認定のとおりであるが、これは、学校教育における生活指導の責任者としての各教師が、その教育的配慮に基づいて、教育者としての責任においてそのような措置を採ったものと考えられるのであり、このような事実があることを理由に、本件作文を本来他に開示することを予定して作成されたものとすることは、相当でないものというべきである。」に改め、同八行目から九行目にかけて「開示することは、」とあるのに続けて「つくしの中学校の多くの教師の間でも、これに反対する旨の意見が強く出されていたことが認められること(星証言、冨岡証言、甲四一号証)からしても、」を加え、同二二丁表二行目の「しかし、この」から同四行目の「ないのである。」までの部分を「しかし、このように、本件作文を作成した個々の生徒の中に、自己の作成した作文を控訴人に開示することに異議を唱えない者が存在するとしても、そのことが、本件作文のもつ前記のような一般的な性質、性格を変化させることとなるものでないことは、いうまでもないところである。」に改め、同四行目の「そして」から同裏四行目までの部分及び同二三丁表一行目の「生活指導としての」から同三行目の「なるから、」までの部分をいずれも削除する。

四  本件第二作文の存否について

1  本件第二作文の存否に関する当裁判所の認定、判断も、次項のとおり当裁判所の認定、判断を付加するほかは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に関する判断」の「四本件第二作文の存否について」の項で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。

2  原判決二五丁裏八行目に「可能であること」とあるのに続けて「(第一学年の生徒の中には、本訴提起後に控訴人が第一学年の生徒に対して行ったアンケート調査に対して、本件作文が返却されていないと回答した者があることが認められる(甲一二〇号証の一ないし一八、一二三号証、一二四号証、桑名証言)が、このアンケート調査は本件作文が返却されたとされる時点からかなりの期間を経過した後の平成六年及び平成九年になってから行われたものであり、しかも、右の平成六年のアンケートに対する回答で本件訴訟の証拠として提出されたものは四通にとどまっているが、この平成六年のアンケート調査に対して二、三十通あったとされる回答(控訴人の供述)のうちの他の回答内容がどのようなものであったかは明らかにされていないことなどに照らして、この事実のみからしては、未だ右の調査結果の信用性を否定するには足りないものというべきである。)」を加える。

五  結論

以上によれば、本件第二作文に係る部分の控訴人の訴えを却下し、本件第一作文に係る部分の控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官増山宏 裁判官合田かつ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例